チーズは見つかった?

ライトノベルを中心に本の読書感想文を書いています。レビューはほとんどせず、自分の思ったことを素直に書いていきます。

 

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『銀河鉄道の夜』よく分からない 

この文章は、ネタばれを大量に含みます。以下、読むときはお気をつけください。

もしこの天の川がほんとうに川だと考えるなら・・・

ジョバンニとカムパネルラが銀河鉄道に乗って、銀河の川に沿って旅する話です。作中に「ブルカニロ博士」はでてきませんでした。

あらすじは、こちらのサイトのとおりです。

まず、カムパネルラはとてもいい人です。ジョバンニが先生の質問に答えられなかったとき、カムパネルラも答えませんでした。カムパネルラは答えを知っていたのに、ジョバンニのことを考えて答えなかったのです。しかし、ジョバンニは喜ばず、逆に悲しみました。相手を幸せにすることは難しいです。

ジョバンニはザネリに「お父さんから、ラッコの上着が来るよ」とからかわれます。ジョバンニの心は塞ぎザネリの心は晴れ渡ります。からかう人は幸せになり、からかわれた人は不幸せになるのです。ところで、数を数えると1個幸せになった分、1個不幸せになっています。幸せをプラス、不幸せをマイナスと考え合計すると、0になります。すなわち全体で見ると幸せにも不幸せにもなっていないことになります。人をからかうことは、多くの人を幸せにできません。

「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」という言葉には、とても考えさせられます。ザネリを助けるためにカムパネルラは命を落としました。他人のために自分を犠牲にする行動を母は許すでしょうか?母にとって他人の子供の命と自分の子供の命のどちらが大切かと問われれば、それは自分の子供の命でしょう。だから、カムパネルラは叱られるでしょう。しかし、その後にゆるされるような気がしてなりません。他人の幸いのために命を捨てた行為は、もしかしたら、褒められることなのかもしれないのだから。

こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。私はこの言葉はジョバンニの心が勇気に満ちていて、少し勘違いしているのかなと思いました。

鳥の話は印象的でした。しかし、何が書いてあるのかさっぱり分かりませんでした。銀河鉄道の不思議な世界を表現したかったのでしょうか?

3人が電車に乗ってきました。その3人とジョバンニ、カムパネルラの席が隣になりました。カムパネルラは新しく来た女の子と話をしていて、ジョバンニは一人ぼっちになりつらいと感じています。そばで知人二人が仲良くしていて、私だけ一人という体験は良くしました。たしかにこれはつらかったです。時間とともに心が沈んでいきます。独占欲があるのかもしれません。また、蚊帳の外に置かれたことに憤りを感じているのかもしれません。みんなの幸いを求めるのは難しいことなのでしょう。

「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。」との言葉があります。ジョバンニはどこまでもカンパネルラと行きたいのですね。しかし、カンパネルラは「はい」とは答えず、話題をさそりにそらします。そしてカンパネルラはお母さんを見つけ、ジョバンニの前から姿を消してしまいます。
ここで、からだを百ぺん灼いたら大変だろうなと素直な感情が生まれました。また、別れは寂しくて悲しいです。それでも別れは突然やってきます。別れは不幸を呼び寄せるようにも感じます。

その後、ジョバンニは夢からさめて、カムパネルラは死んだこと、ジョバンニのお父さんが海から帰ってくることを聞きます。その話を聞いて、母の元へ向かうジョバンニは今までとは違う生き方ができるのか、とても気になる終わり方でした。

これは良い文章なのか、甚だ疑問なのです。何が書いてあるのかよく分からないのです。不思議の国のアリスに匹敵すると思います。オススメはしませんが、この文章を読んで気になった方は、一度手にとってみてはいかかでしょう?
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